小田和正氏が音楽を始めるきっかけとオフコース結成まで。

2019年11月5日

何歳になっても衰えない歌声、共感を呼ぶ普遍的な歌詞、素敵なメロディーラインで名曲だらけの真のミュージシャン。

一体どのような環境で音楽をはじめ、オフコース解散、ソロ活動に至ったのかを色んな情報を纏めて紹介したいと思います。

 

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小田和正が始めた楽器

ピアノのイメージが強いですが、小田和正さんが始めたのはギターからで、「高校2年の時にガットギターを買って貰ってずっと弾いていた」と言っています。

 

始めた時はガットギター(金属弦ではなくナイロン弦のギター)ですが、それに金属弦を張ってみたりして弾いたりして、当時はどんな楽器があるかもよくわからず、マーティンギターも知らず、テレビでジョーン・バズエが弾いているギターを良いなと思って、後にそれがマーティンギターだったと知ったようです。

 

音楽、楽器の入り口はやはりギターが多いのでしょう。ピアノやドラムは手軽に入手が出来ませんしね~。

 

アコギ弾きながら歌っていましたが、エレキはチューニングが悪いと思い込んでいたので、アコギの和音で弾き、さらに音の厚みを求めピアノへと変わっていきます。

 

小田和正が最初に弾いた曲は

「湯の街エレジー」とか、歌謡曲のメロディやイントロを弾き、50年代のポップスのスタンダードを覚え歌うという、一般的にギターを始めたり、音楽が好きな人と同じような経緯ですが、才能のある人はこの時からすごかったんでしょうね。自分もギター弾いていましたが、ただのサラリーマンです。。。

「Fコードで挫折しなかったのでよっぽどギターが好きだった」とも小田和正さん本人が言っています。

ギターの最初の難関は誰もがFコードなんですね。

 

 

オフコースの誕生

アマチュア時代からレコードを出していたので、いつがデビューというはっきりしたものは無いみたいですが当初はキャロル・キング、エルトン・ジョン、ビートルズ等々のコピーをしたりしながら、コードを覚えオリジナル曲を書き始めます。

 

当時はネットも当然ないのですべて自分で勉強して、覚えていたと思いますが、色んな情報や教本よりも自発的なやる気と才能が何をするにも必要ですね。

 

オリジナル曲にはオリジナルな言葉が必要ですが、当時のモダンフォークには反戦歌が多く、日本では信ぴょう性が無いので、言葉を探していたようで、関西フォーク、四畳半フォークとかみんな言葉を探していた時代です。

 

反戦歌を歌うには自分を演じる必要があったので、小田和正さんの歌詞、曲は必然的にオリジナルな言葉は普遍的な愛の歌になったのでしょう。



 


どれだけ凄いミュージシャンも最初は誰とでも同じ様に、楽器をはじめ、音楽を聴き、コピーする所からスタートするんですね。

努力も必要ですが、才能も無いとプロにはなれません。

私は聴く側になって、素敵な曲を聴きながら、車で熱唱します。。。

 

続きは後程、、、

 

【続き】ソロ活動へ



参考:Acoustic Guitar Magazine

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Posted by mrt